No.39 池鯉鮒宿(知立宿)〜桶狭間、ゆるっと自転車散歩旅

みなさん、こんにちは〜
ちょうど先日ワールドシリーズでドジャースが優勝しました。大谷に山本が大活躍でしたね〜

しあkし大谷は、、、小学生が書いた下手な漫画みたいな信じられない活躍ですね笑

今回は旧東海道の宿場町、池鯉鮒宿(ちりゅうしゅく)と、その近くにある桶狭間古戦場をめぐってきました。
愛知県の知立市周辺は、地図で見ると名古屋と岡崎の中間あたり。東海道五十三次で言えば、第39番目の宿場にあたります。

静岡からすると少し西ですが、旧東海道を歩いているとこの辺りはぐっと“中京”の空気を感じますね。
古い街並みと現代の街がうまく混ざり合っていて、いわば「古道のリアルな今」を体感できるエリアでした。

目次

知立駅からスタート!レンタサイクルで旧街道を走る

まず到着したのは、名鉄線の知立駅。毎度のことですがここで自転車を借ります。
私結構色々なところで自転車借りています笑。知立市では「駅前駐車場(市営駐輪場)」や市役所の貸し出しでレンタサイクルを 無料で利用できるんです。

「え、タダ?」って思うでしょ。そうなんです、観光や散策目的ならOK。通勤・通学目的じゃダメですよという但し書きあり。

僕もその日「旧東海道をゆるっと回ろうかな」と思って、荷物少なめでサクッと借りました。鍵と受付だけ済ませてスタート。めちゃくちゃ気軽。

自転車を借りて走り出すと、空気が「旅に出たぞ」って感じで、気持ちが高まるんですよね。で、目的地は宿場町+戦場。どちらも「歩いてもいいけど自転車だと気持ちいい距離」。体力的にも時間的にも余裕があって、ゆるゆると進めました。

知立松並木

まず向かったのは、旧東海道沿いに残る 「知立松並木」。松の木なんて東海道沿には必ずと言っていいほどあるので(藤枝市にももちろん)、一応行っておくか?くらいの感じでした💦

それが、木々の松がずらーっと並んでて、まっすぐな道が続いてるじゃありませんか。この景色だけで「ああ、昔の旅人もここを通ったんだな」という気持ちになります。やはり実際に足を運ばないとわかりませんね。

自転車で走ると、松の枝の間から差す光がゆらゆらして、「今」だけど「昔」も混ざってて、不思議な気分。写真、めっちゃ撮りました(笑)。

僕が撮った写真を見てると、松の影が地面に長く伸びてて、空は青くて、「今この瞬間」感が出てるんじゃないかなと。

散歩でもいいけど、こういう道こそ自転車だと「風を感じながら」通れて、じわっとおすすめです。

現在の旧東海道

馬市の碑

知立松並木の側にあるのが「馬市の碑」。知立って、ただの宿場町じゃなくて、江戸時代には 馬の取引が盛んだった場所だったみたいです。歴史の深さを知ると、道を走る感覚も変わります。

この碑のそばの案内板に「かつてこのあたりで馬市が開かれていた」って書いてあって、そういえば広重の浮世絵にも馬市が描かれています!「ふむふむ、なるほど」と一人でうなずきました。旅ってこういう発見が楽しい。

知立古城址

すこし走って、「知立古城址(昔の城跡)」にも寄りました。今は公園っぽく整備されてて、静かになっています。けどどこか緊張感もある、、、ような気もする。「ここ、戦国時代には城があったんだー」って思うと、自転車を止めて少しだけベンチで休憩。

普段なら「城址=石垣!」ってイメージだけど、ここは石垣が大規模に残ってるわけじゃなくて、地形と説明板で「ここが城の跡」ってわかるタイプです。

将軍休泊用御殿跡と明治天皇が小休止された場所でもあるみたいです。

池鯉鮒宿本陣跡


そしてこちらが 池鯉鮒宿本陣跡です。宿場として江戸時代、旅人だけでなく大名や役人が泊まる「本陣」があって、ここがその跡。

、、、なんか狭いところに押しやられている😭


しかい「池鯉鮒」って読みもユニークですよね。「ちりゅう」。一文字ずつ見ると「池・鯉・鮒」。なんだか生き物が並んでてほっこり。由来は「池に鯉や鮒が多くいた」っていう説があるみたいですよ。街道を歩くと、読み方や由来にも興味が湧いて、旅がちょっと深くなります。

桶狭間古戦場 伝説地

さて、池鯉鮒宿のあとは、少し離れて、歴史の大きな舞台、あの桶狭間へ。戦国ファンならグッとくる場所。「桶狭間の戦い(1560年)」で、織田信長が今川義元を破ったあの有名な戦場です。

中京競馬場駅に程近い「伝説地」とされるこの場所に立つと、戦国の風を少しでも感じたくなります。案内板もあって、説明を読みながら「ここに信長がいたのかな…」って一瞬想像してゾクッ。

もっと広いのを勝手に想像していましたが、意外にこじんまりしていました。この伝説地から少し離れたところに「桶狭間古戦場公園」という公園があるのですが、一般的にはそちらの方がメジャーなのかも知りません。そちらを訪れるにはさすがに遠すぎました💦

高徳院

こちらの高徳院は明治27年に高野山から桶狭間古戦場隣地へ移転したみたいですね。

しかし、ここが立派なお寺さんでした〜

今川義元の本陣跡の石碑や松井宗信の墓碑が残っています。皇族のお手植え松などもあり見所がたくさん!
あと、なんと言っても竹林です!高徳院の裏をぐるっと取り囲むように綺麗に整備された竹林があるんです。
これが非常に見応えあります。

おすすめです🔥


【まとめ】旧東海道・池鯉鮒宿を走ってみて感じたこと

今回、めぐった「池鯉鮒宿(ちりゅうしゅく)」は、東海道五十三次の39番目の宿場町。江戸と京都を結ぶ大動脈のちょうど中間にあり、古くから多くの旅人でにぎわった場所だったみたいです。

宿場の歴史は古く、江戸時代の初めにはすでに本陣・脇本陣・問屋場が整えられていたそうです。特に「馬市」が盛んで、全国から人と馬が集まる交易の町として知られていました。単なる“宿泊地”ではなく、当時の交通と物流を支えた拠点だったんですね。これは実際に訪れて初めてしりました笑

今の知立の町を歩くと、現代の住宅街の中にポツポツと残る「昔の道筋」や石碑があって、ふとした瞬間に“時間の重なり”を感じます。

たとえば旧東海道の松並木。江戸からの旅人たちを何百年も見守ってきた松が今も立ち並び、その影を自転車でくぐるだけで、自然と背筋が伸びるような感覚になります。

また、本陣跡や馬市の碑なども、立ち止まって案内板を読むと「ああ、この町がただの通過点じゃなかったんだ」とわかります。

そして池鯉鮒宿の西には、あの有名な桶狭間古戦場。信長の奇襲で歴史が動いたその舞台(僕でも知っている)。宿場の文化と戦の歴史、その両方を1日で味わえるのがこのルートの魅力です。

しかし知立駅で借りた無料のレンタサイクルがとても便利で、おかげで自由に移動でき非常に助かりました。

観光地っぽい派手さはないけれど、静かに“江戸の残り香”を感じられる、そんな池鯉鮒宿の旅でした。

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この記事を書いた人

藤枝市地域おこし協力隊、俳優。東京で20年以上の俳優活動を経て、2023年に藤枝市に移住。現在も劇団ユニークポイントで俳優として活動。藤枝市の観光・歴史、文化芸術などの情報を発信しています。

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