今回は江戸から13番目の宿場『原』です。
東海道にある宿場町のなかで一番なにも無い、と不名誉な言われ方をすることもある「原宿」です。検索すると東京の竹下通りで有名な原宿ばかり表示されてしまいます💦
そんな「原宿」の名誉を挽回するつもりで行ってみましょ〜
富士山が美しく見える原宿
実はこちらの原宿は富士山が美し見える場所、として昔から有名だったみたいです。
上の浮世絵はそんな美しく見える富士山が描かれています。なんでも枠からはみ出して描かれている富士山で、その原宿から見た大きさを表現しているとかなんとか。
さらに愛鷹山を隣に書いて、行き交う人は富士山を返り見て、その原宿から見える富士山の壮大さを表現していると言われています。
「何にもない宿場町」なんて怒られますね💦
原宿東木戸門跡
原宿の本陣渡邉家は源頼朝の弟・義経の兄である阿野全成で、代々平左衛門を名乗って広大な建物を持っていたので自然と大名などの宿所として本陣になったみたいです。その原宿の東側の木戸門跡になります。
便所の神様・祥雲寺
原宿の旧東海道を歩いていると何やら気になる看板が、、、
「便所の神様」と書かれています。
この祥雲寺は薬師如来と、東司(トイレの事)の神様である烏枢沙摩明王(ウスサマミョウオウ)が祀られています。
全くのノーマークな存在だったので、まさかこんなところが!とびっくりしました〜
しかし立派な松の木だ。
神明塚古墳
今回、原駅で下車せずに一駅手前の片浜駅で降りたこともあり、「神明塚古墳」にも行ってきました。
この古墳は昭和23年に前方後円墳として確認されたみたいです。
後円部頂に神明社があるので「神明塚古墳」と名付けられたんだそう。
足を踏み入れるとそれまでとは違う空気が流れていて、なんだか怖いような感じがしました。
(単純に僕が怖がりなんです笑)
神明神社
神明塚古墳から20分ほど西に向かって歩くと「神明神社」があります。
かわいい2体の賽神が祀られていました。村人がお守りしている道祖神みたいです。お顔がないのは雨風に耐えてきたからみたいですよ。
可愛くないですか?
長興寺
こちらの長興寺は白隠禅師の時代に松蔭寺での修行僧が宿坊として使い、松蔭寺から長興寺まで通った道が今も残っており「白隠道」と言われているみたいです。
白隠禅師とは「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」と称えられた白隠慧鶴(はくいん えかく 1685~1768)禅師のことで、臨済禅の中興の祖で、特に禅の民衆化に努めたことで知られているみたいです。
原宿で生まれ、15歳で出家して松蔭寺に入って、84年の長寿を松蔭時で全うしました。
松蔭寺
松蔭寺は臨済宗の古寺で、歴史は約700年あり、先ほどの白隠慧鶴が住職を務めた寺として知られています。現在は白隠宗でです。
こちらも立派な松の木です。
お邪魔した時は法事をやられていたので、邪魔にならないようにこっそり見てきました〜
この松蔭寺は屋根が石瓦葺きで、幅約30センチ、長さ約1メートルの瓦を1面3段54枚、裏表合わせて108枚を用い
て葺かれており、白隠禅師の考案といわれているみたいです。この地方では他にない珍しい作りだとか。
500年に一人の名僧といわれていた白隠が眠ると言われている松蔭寺でした。